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あれ

 投稿者:市坪メール  投稿日:2010年 3月17日(水)22時03分47秒
  お久しぶりです。
以前のメールから、また一年ぐらい、経ってしまいました。
解散ですか。
でも、「独り言」を読んだら、立派な業績をお遺しなられているんじゃないですか。
私は、現在、政治経済に無頓着な人間だったから、暫く漢籍を離れています。
今日、同じゼミにいた、安岡定子さんの本が出たことを知りましたよ。
「おじいちゃんなんて、大っ嫌い」
と言ってたのに、彼女はすばらしい仕事をしてますねー。

http://www2.ocn.ne.jp/~ichitubo/

 
 

黙斎を語る会は解散しました。

 投稿者:柏木恒彦メール  投稿日:2010年 2月21日(日)07時11分59秒
  黙斎を語る会は2010年2月20日をもって解散しました。
なお、HPは柏木個人のものとして継続していきます。

http://mokusai.web.infoseek.co.jp/

 

二程全書の中の文書でしょうか?

 投稿者:坂本浩司メール  投稿日:2009年12月25日(金)22時34分19秒
  訂詁云程子云善便有箇元底意思元者善之長萬物皆有
春意便是継之者以此成人則爲性ゝ之爲言全而生之之
謂也有此生即有此物有此物乃成此生故性出于天而旡
不善方其寐似旡所有比其感萬善忽生何則人美生也性
美物也不美不為人不為性此人道之所自成也曰善日性
孟子之説實原于此但性中有善而孟子即以善指性似不
如聖語之渾成宣乎来異説之紛ゝ也

江戸時代の漢方書に出てくるのですが、恐れ入りますが
読みと解説お願いできますか?
 

大変失礼しました

 投稿者:坂本浩司メール  投稿日:2009年12月18日(金)08時59分25秒
  申し訳ありません。  

仏語は全くわかりません。

 投稿者:柏木恒彦メール  投稿日:2009年12月17日(木)21時10分29秒
  どうもすみません。今までに仏語に取り組んだことがないので(私のHPは儒学・朱子学中心)、文意・字義を定めることができません。仏語は独特の文法があるのではないかと思います。
儒学系などは少しはお役に立つことができるかもしれませんが、この方面は全く駄目です。申し訳ありませんが、仏教関連のHPに問い合わせされるのがよろしいかと思います。
 

先日はありがとうございました。

 投稿者:坂本浩司メール  投稿日:2009年12月17日(木)13時20分22秒
  朱子学とは違う本の阿毘達磨倶舎論の分別賢聖品の一文で現代の分析学に通じる文章であると思うのですが、また読みと解説を願いたいのですが。
あつかましいお願いで申し訳ありません。

若彼物覺彼破便無彼物應知名世俗諦如瓶被破爲碎凡時瓶覺則無衣等亦爾又若以慧析餘彼覺便無亦是世俗如水被慧析色等時水覺則無火等亦然
 

お教えください

 投稿者:坂本浩司メール  投稿日:2009年12月13日(日)22時22分17秒
  埼玉県秩父市在住の坂本と申します。
出来ますれば以下の文章の読みと意味を解説願いたいのですが。

[北宋] 邵雍著の漁樵問對の中の以下の文章

「火以用為本,以體為末,改動。水以體為本,以用為末,故靜。是火亦有體,水亦有用也。故能相濟,又能相息。非獨水火則然,天下之事皆然,在乎用之何如爾!」

何卒よろしくご教授ください。
 

己の為

 投稿者:柏木  投稿日:2009年10月 2日(金)18時46分30秒
  朱子学は色々と波及するのだが、本来は「己」の問題である。孔子もそれ。
己を立することができない輩が政治をするなどというのは問題外である。
そして、己の問題であれば、唯心である。人は唯心でこそ、社会の中で生きて行けるのではないだろうか?
今日、新聞に中国の記念式典が載っていた。あれって「ならずもの」ではないのか?人としての心が無い!
当然に、オリンピック招致などは問題外!!
 

早速ご返事有難うございます。

 投稿者:塩崎研究所  投稿日:2009年 5月 1日(金)20時13分13秒
  早速のご返事、有難うございます。申し遅れましたが、実は当方、漢学講座なるものをここ10年ほど開講しております。初歩には『史記』を訓む力をつける特訓をします。北京・中華書局刊行の点校本を用いています。上級者向けには、論孟学庸から五経に至る習熟を考えていますが、未だ上級者の入門はありません。現在、残念ながら漢文読解の能力は、一部の仏寺以外には社会的に必要とされることがわが国ではなくなってきています。貴殿らの集まりでは漢文読解能力を高めるのが目的ではないようですが、儒学の何たるか、延いては真の学問の何たるかを探究する動きとなるよう願ってやみません。
 黙斎は帰寂せず、とのご回答でしたが、禅学なくして朱子の教説はありえなかったという思想史的事実をまずは踏まえねばならないと、当方は思っています。孔子の立場からすれば、宋学は儒を仏理(異端)にて粉飾する邪説と見るのではなかろうかと推察します。朱子の登場により明らかに儒学の躍動性は<帰寂>しました。朱子学的帰寂が生ずればこそ、それを克服せんとする陽明学的思想運動が新たに擡頭しえたのではないでしょうか。もっとも陽明学が禅臭を脱しきった運動とはなりえなかったという結果は別問題ではありますが。
 <黙>という語に価値を付加しようとするのは、伝統的には『維摩経』以来のもので、禅門ではとりわけ<黙照>などというわけ知り顔の語を好んで用います。儒門はあくまで、<述べて造らず>であり、言論の力を無化してはならないと思います。
 いささか、貴殿らの思いを損ねる書き込みをしてしまったかもしれません。黙斎の教説そのものを理解するにとどまらず、貴殿らが黙斎を通じて孔子の教説そのものを理解・実践するに至ることを黙斎その人自身真に願っていることと愚考します。
 二程子につきましては、朱子、王陽明に比し、閑却されがちですが、朱王の先蹤者として欠かすことができません。当方も、あらためてそのことを再認識しつつ繙読する所存です。
 わが国の儒も仏も、本来の姿を提起することはありませんでした。現在ではいずれも形骸化して廃れ、その結果生み出されたものは折衷された<葬式仏教という名の先祖崇拝>なるガラクタです。黙斎の墓も仏寺にあるようですね。儒の力の真の開顕はこれから将来に向かってなされねばならないことではないでしょうか。
 

お立ち寄り、ありがとうございます。

 投稿者:柏木恒彦メール  投稿日:2009年 4月30日(木)17時42分26秒
  塩崎研究所様
お立ち寄り、ありがとうございます。
「黙斎という人物、名に禅臭があるので、帰寂傾向があるのではないでしょうか?」とのことですが、黙斎は丸々の朱子学者ですので、帰寂は決してしていません。朱子学は仏教を強く非難します。朱子学はもとより、儒学が五倫を唱える以上、彼等が五倫を台無しにする仏を非難するのは当然のことです。五倫だけでは無く、思想の根幹部分で儒仏間には許容することができない壁があります。黙斎は思想的に仏を絶対に受け入れないのです。黙斎が仏を排斥していることはHPの中の「黙斎語録」の「仏老などのこと」コーナーにちょっと載せてあります。
ところで、『二程全書』の読み下しは多分無く、原文を読まなければならないと思います。しかし、いずれ(いつになるかは定かではありませんが…)HPに原文と読み下しを載せるつもりです。
 

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